2017.10.24

140年前の地図

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当社から徒歩2、3分の所に「白鬚神社」という神社があります。

 

 

おととし、ここのご神木である大杉を伐採しました。

残ったご神木の切り株にかける屋根が必要ということで、

三協建設でお宮を建てさせていただきました。

 

 

 

その関係で、

現況の手水舎の図面を作成しておくことを依頼されました。

手水舎がまだ使えるので、図面のみです。

 

 

現況の物を壊すわけにはいかないので、

現物を測る作業は、推測をしながら確かめたり、

図面を描きながらつじつまが合わない部分を潰して進めました。

 

 

私にはまだまだ知識や経験値が少ないので、

上司にいろいろ教わりながらになりましたが、

昔の技を実際に見ることができ、

さらに見た物を図面で描くことにより、いろいろな発見がありました。

 

とても面白い経験でした。

 

そして、描き終えた図面を白鬚神社の方に見ていただいていたら、

「去年、明治時代に描かれた手書きの地図が見つかったんだ」

と話されました。

「見たい!」と言ったら、見せていただきました!

 

最初はA4サイズくらいに折りたたまれていて、

広げたら…広がる、広がる…、

なんと、10帖の和室いっぱいに!

 

 

 

作製が明治10年1月と記載されているので、

約140年前の飯能の落合地区の地図です。

それも、概念図ではなく、ちゃんと測量した地図のようです。

 

 

最近、NHKTVの『ブラタモリ』を見ることが多く、

そこではよく古地図が出てくるのですが、

今回は、ワー、私のところにも古地図がきたー、という感じでした。

 

さらに、白鬚神社の面白いお話も教えてもらいました。

一般的な白鬚神社が祀っているのは猿田彦大神(天狗様)です。

 

しかし、ここら周辺は以前高麗郡であり、

はじめは高麗神社の祖高麗王を祀っていて、

高麗王の白く長い鬚から白鬚神社となったという一説があるそうです。

 

ヒゲにもあごひげの「鬚」、くちひげの「髭」、ほおひげの「髯」などがあり、

全国的にもだと思いますが、いろいろな字の「しらひげ神社」があるそうです。

 

手水舎のお宮から始まり、

手描きの地図や白鬚神社の由来の一説を聞いたり、

昔の技術や知識にふれることができた、

とても貴重な数日でした。

 

 

安藤 海